今回は、切迫早産になりウテメリンの副作用で肝機能の低下し、さらに妊娠高血圧症候群で再入院したママから伝えます。と言う記事です。
妊娠高血圧症候群での再入院
一人目妊娠時、34週で切迫早産のなか退院することになった。
その時、仲が良くなった看護士から
『次は中毒症に気を付けてね?切迫で退院したのに中毒症で出戻りパターンよくあるから』
との忠告。言われたときは、そうなんだ~と聞き流していた。これもまさか自分がなると思っていなかったから。
36週での検診で血圧が高めに出た。今まで寝たきりだったから少し歩くくらいで血圧上がるんでしょ…くらいに考えていた。37週の検診でもやっぱり高い。
この時、なんとなく血圧を測るときに緊張するようになってる自分に気がつく。38週、高かったら嫌だなぁという気持ちが頭を支配する。緊張する。やっぱり高い。ここで妊娠高血圧症候群と言われる。
『入院しちゃいましょう。1番の治療は産むことですから。大丈夫です。悪くならないうちに産みましょう』
先生からそう言われた。
正直、自然にくる陣痛を待つものだと思っていたし、また入院になったのがショックだった。自分は本当に妊娠に向かない体なんだなと思った。
バルーンや促進剤や状態が悪くなれば帝王切開の可能性などの説明をされた。同意書関係は目を通してるようで実はあまり見られなかった。見ると怖くなる気がした。
バルーン
子宮頸管長はほぼないものの子宮口は少ししか開いていなかった。
『切迫だったのにね~』
なんて先生の半笑いに一緒に笑うしかなかった。
あんなにまだだよーまだだよーって言い続けたのに、今度は出てこーいって強制的に出すことになったから。なんだかお腹の子に申し訳なかった。
バルーンについては痛いって言う人もいれば、全然痛くないっていう人もいるらしいくらいの情報しか知らなかった。私はというと、痛かった。とても痛かった。
バルーンを入れてる違和感も、圧迫感も、心地が悪かった。
朝10時に入れて、子宮口が開いてくれば勝手に落ちてくると聞いていたけど落ちる気配すらない。ただずっと軽い陣痛のように張りはあった。
結局夕方、1度バルーンを抜くことに。状況変わらなければ明日またバルーンを入れ直すと言われた。
バルーンを抜いた後は不快感は楽になったもののなんとなく張りがくる感じ。
しかし面会時間は終了なので付き添っていた旦那は帰ることに。
この時、陣痛室に入ったのだけど一人にされることがすごく不安で孤独で。帰らされる旦那を見送りながら、こわいよー、こわいよーと心で叫んでいた。
そんなこんな過ごしてる間、何度か血圧を測りに来てましたがわりと安定した数値だったような。はっきりとは数値言わない看護士さんもいたけど、そんな高くないね~なんて言われたりしてました。
実は、看護師さんに手動で計測してもらうと落ち着いて測れるんです。自分で機械で測るのが苦手になっていたんです。
なので陣痛室に入ってからも血圧は悪くなることはなく、夕飯も食べ、眠ることができました。痛みの合間にって感じでしたが。
破水
痛みの合間に睡眠をとりつつ過ごしていると、朝の五時に突然お腹のなかで水風船が割れたのかと思うような感覚と音。パチンッと同時に水がジャーーと出る感覚が。
すぐに破水だと分かりナースコール。破水してたちまち痛みが本格的に。これをきっかけにどうやら本陣痛につながったみたいです。
痛くて『んーー!!』と勝手に声が出ます。
私の痛みに耐える声はナースステーションまで聞こえてたらしく、痛そうだねと様子を見に来てくれていました。
分娩室行ってみようかといわれたけど、え?歩けないでしょ?っていうのが正直な気持ち。でも行くしかないからつかまりながら必死でいきました。
そして夫への連絡。陣痛来てるから病院へ来てと。しかし、看護士さんからも何度も遅いね、まだなのかなと声をかけられました。30分かからないはずが一時間近くたっていたでしょうか。
到着して、遅い!何してたのと聞くと犬の散歩してたと…。
しかも連絡をした時点でもう散歩中だったならともかく、連絡を受けてから散歩に行ったと。そりゃ遅いわけだ。しかもいつぬけれるか分からないからコンビニでごはんも買ってた~と。のんきなやつめ…とちょっとした怒りがこみ上げました(笑)
旦那はすぐに産まれるわけじゃないからと言っていましたが、産まれるまでに間に合えばいいんじゃない!産まれるまでの辛くて長い時間を支えてほしいのにと。実際はそばにいてもらっても、私は陣痛中触られたくないタイプだったのでしてもらえることは少なかったですが。息が乱れたりするのを整えたりしてもらってました。あとはお茶取ってくれるとかそんな感じです。
私が出産した産院の分娩室はカーテンで3つに仕切られてます。
同じ部屋でカーテン越しに最大3人お産中ってことがよくあります。私のときもまさに満員状態。私のとなりでお産してた方、まぁ騒ぐ騒ぐ(笑)どうやら3人目らしいんですが、『痛いーーー!早く出してー!引っ張っていいから早く出してーーー痛いーー 』とめちゃくちゃ大騒ぎ!これを聞いていたらなんだか自分のお産に集中できなくなってしまいました。
陣痛促進剤
集中できなくなってすぐ、陣痛が弱まってきてしまいました。するとたちまち促進剤開始。促進剤はしたものの感覚としてはピークより痛くない陣痛のなかお産になった気がします。痛みよりモニターの波に合わせながら強く息んだ感じ。それでも無事に産まれてくれました。
血圧恐怖症
産後は全てから解放されると思いきや、まだ痛いの?っていうのが正直な感想でした!
そして疲れきっているはずが出産当日、あまり眠ることが出来ません。私が入院した産科は母子別室。しかも個室だったのでゆっくり出来るはずが落ち着かない。産後ハイかなと思いつつあまり気にはしてませんでしたが、なんとも言えない不安感でいっぱいでした。
朝方3時頃から全く眠れず、私の頭の中はもうすぐ血圧を測りにいかなきゃいけないということでいっぱいになっていました。毎朝起きて血圧体重を測定し、紙に書いて提出するのが決まりでした。
自分でもバカみたいだと思うのに、怖くて怖くて仕方がないんです。
そんな心境で測定しにいくとやっぱり高い。1番ひどいときで170まで上がりました。ですが、機械でなく手動ではかってもらうと120程度に落ち着きます。測り直してもらえば大丈夫なことも分かっているのに、どうしても怖い。
妊娠高血圧症候群でのお産だったので、朝だけでなく日中や寝る前も部屋に血圧を測りに看護師さんが来ます。もう少しで来る…そう思うだけでもドキドキしてテレビを見る余裕すらなくなっていました。
気持ちがコントロール出来ず、すごく辛かった。どうしてこんなに怖いのか…どう乗り越えたらいいのか…眠るのも怖くて寝る前に泣きながら旦那に電話をかけてました。
退院後
機械で自分で血圧測定すると数値は高いものの、測り直せば大丈夫だし何よりお産中も特別上がらなかったようで無事に問題なく退院。
先生はお産中血圧が上がらなかったことを不思議がっていましたが、私としてはお産中は血圧のことよりお産自体で頭が一杯だから。いつ測ってたっけ?っていうくらい血圧測られてるという意識はなかったおかげだと思っています。私の場合、精神的な面が血圧にとても影響してしまうようです。
退院してからも何度も家で血圧測るのが怖いと泣いていました。退院して間もないのに1ヶ月検診で血圧を測ることを考えただけで眠れなくなるほど怖くなっていたのです。
実際に1ヶ月検診のその日までその感情が落ち着くことはありませんでした。1ヶ月検診当日、機械測定で140を越えた数値を見て先生もまた来てくださいと。普通なら1ヶ月検診で産婦人科を卒業するのに私は出来ませんでした。
しかし産後は寝不足だったり疲れで少し高くなったりするからねってことで、特に専門的に通院はせずにすむレベルでした。
私の頭のなかは産後、
『産むことが1番の治療と言われたのに、産んでも血圧が戻らなかったらどうしよう』その思いが異常なほど恐怖になっていました。
何度もこわいこわいと旦那に訴え、『もし血圧が戻らなくても治療すればいい。大丈夫。大丈夫。』
と言われることを繰り返していた。自分でもそんなことわかっているのになぜか怖くて仕方ない。
本当は子どもは二人ほしかった。でも切迫になるのが怖い。何より毎回検診の度に血圧をまた測定するなんてその時は絶対無理だと思っていた。だから子どもは1人だけ。また妊娠することなんて私にとっては恐怖としか思えなくなっていた。
上の子をを産んでもうすぐ3年がたちます。無理と思っていた二人目も出産しています。二人目を妊娠した瞬間、やはり私の頭のなかには血圧のことが過りました。精神はもつだろうかと。
妊娠の確認のため産婦人科に向かう車では緊張で震えと冷や汗が止まりませんでした。
しかし私を支えてくれたのは上の娘でした。娘がそばにいてくれると少し気が紛れてそこまで高い数値が出ずにすむことも。上の娘のおかげでなんとか精神的に崩壊せずにすみました。
今でも血圧測定が怖いです。でも日常的に恐怖が襲ってくるほどではなくなりました。測定しなきゃいけない場面になると、緊張する程度になりました。
白衣恐怖症、血圧恐怖症…なってしまったものは仕方ないですね。そんな自分を受け入れて割りきるしかないんですよね。
血圧測定が嫌で健康診断受けたくないなぁなんて思ってしまいますが、きっと自分だけが緊張してしまうわけじゃないと言い聞かせてこれからも向き合っていこうと思います。
ーーーここまで、妻(ドラゴンママ)の執筆ですーーーー
如何でしたでしょうか、ところどころでドラゴンパパに対する思いがぶちまけられておりますが、そのまま記載させて頂きました。